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京都地方裁判所 昭和46年(ソ)2号 決定 1972年1月10日

抗告人

吉田正

主文

一、原決定を取消す。

二、右京簡易裁判所昭和四〇年(イ)第四三号不動産売買契約等和解事件につき昭和四〇年八月二三日成立した和解調書について、昭和四六年一〇月一日右京簡易裁判所書記官のなした承継執行文付与申請拒絶処分を取消し、同書記官に対し、全満鉱産株式会社に対する承継執行文を付与することを命ずる。

理由

一、抗告人の本件抗告の趣旨及び理由

1  抗告の趣旨

主文同旨

2  抗告の理由

原決定は、全満鉱産株式会社(以下、全満鉱産と略称する。)が崔宇大の特定承継人であることを認めえないというが、不当である。

二、当裁判所の判断

1  一件記録によれば、つぎの事実を認めうる。

(一)昭和四〇年三月一五日、抗告人と有限会社丸菱商事(以下、丸菱商事と略称するる。)との間で、抗告人はその所有の別紙物件目録記載の不動産(建物及びその敷地)を丸菱商事に売渡す旨の売買契約が成立していたところ、右不動産の使用について紛議が生じたので、抗告人は、昭和四〇年七月二六日丸菱商事及び崔宇大らを相手方として、右京簡易裁判所に対し起訴前の和解の申立(同庁昭和四〇年(イ)第四三号不動産売買契約等和解事件)をなし、同年八月二三日左記条項を含む和解が成立し、その旨の和解調書が作成された。

(1)抗告人、丸菱商事及び崔宇大三者合意により、本件売買契約に基づく買主の地位を崔宇大に承継変更する。

(2)崔宇大は、抗告人に対し、昭和四三年三月末日までに本件売買代金残額金四三〇万円を支払い、抗告人は、右支払と同時に、崔宇大に対し、本件不動産につき、所有権を移転し、所有権移転登記手続をする。

(3)抗告人は、崔宇大に対し、本件不動産を使用することを承諾し、崔宇大は、抗告人に対し、一ケ月金三万七、〇〇〇円の割合の金員をその月の六日限り抗告人住所に持参または送金して支払う。

(4)崔宇大が第(2)項及び第(3)項に定めた義務の一にても不履行したときは、抗告人は、催告を要せず本件売買契約及びこれに付随する本件不動産の使用許諾を解除しうる。解除がなされたとき、崔宇大は、所有者である抗告人に対し、即時本件不動産を明渡す。

(二)崔宇大は、本件和解に基づき本件不動産を使用占有していたところ、崔宇大が和解条項第(3)項の一ケ月金三万七、〇〇〇円の金員の支払を昭和四二年八月分から同年一一月分まで怠つたので、抗告人は、崔宇大に対し、同年一一月一五日到達の書面をもつて、和解条項第(4)項に基づき契約解除の意思表示をした。

(三)全満鉱産は、昭和四二年七月四日ごろ、崔宇大から、本件建物を借受けてその本店事務所を同所に移し、爾来現在に至るまで崔宇大とともに本件不動産を共同占有している。

2  従つて、全満鉱産は、本件和解条項第(4)項に基づく所有者に対する明渡義務を負担して本件不動産を占有する崔宇大から、本件和解成立後、抗告人の前記契約解除前に(この点は、崔宇大代理人弁護士米岡弘泰作成昭和四六年九月二九日付上申書の強調するところである。)、本件建物を借受けて本件不動産を占有していることになる。

3(一)  甲乙間に、「甲は、乙に対し、甲所有の建物及びその敷地を、売買契約締結と同時に所有権を移転し代金完済と同時に所有権移転登記手続をする約定の下に、売渡し、乙が売買代金の支払を遅滞したとき、甲は、催告を要せず、売買契約を解除しうる。解除がなされたとき、乙は、所有権を回復した甲に対し、建物及びその敷地を明渡す。」旨の和解が成立した後、乙の代金支払遅滞により、甲が契約を解除した場合、和解成立後、丙が、甲の契約解除前に、乙から建物を賃借し、建物及びその敷地を占有するとき、右和解調書の執行力の丙に対する拡張を否定する(「丙は、右和解調書の執行力の及ぶ債務者乙の特定承継人である。」として、甲が民事訴訟法第四九七条の二、第五一九条に基づいてなした丙に対する承継執行文付与の申立を拒絶する)のが相当である。けだし、右の場合、丙は借家法第一条に基づいて賃借権を甲に対抗しうるのであり、丙に対する執行力の拡張を否定して、丙を保護しなければならない事情があるからである。

(二)甲乙間に、「甲は、乙に対し、甲所有の建物及びその敷地を、代金完済と同時に所有権を移転し所有権移転登記手続をする約定の下に、売渡し、乙に対し、建物を代金完済まで賃貸する。乙が代金または賃料の支払を遅滞したとき、甲は、催告を要せず、売買契約及び賃貸借契約を解除しうる。解除がなされたとき、乙は、甲に対し、建物及びその敷地を明渡す。」旨の和解が成立した後、乙の代金または賃料支払遅滞により、甲が契約を解除した場合、和解成立後、丙が、乙から建物を賃借し、建物及びその敷地を占有するとき、丙の賃借が、甲の解除前であつても、右和解調書の執行力の丙に対する拡張を肯定する(「丙は、右和解調書の執行力の及ぶ債務者乙の特定承継人である。」として、甲が民事訴訟法第四九七条の二、第五一九条に基づいてなした丙に対する承継執行文の付与の申立を認容する)のが相当である。けだし、右の場合、売買契約締結と同時に所有権を移転する場合(設例(一)の場合)と異なり、丙は非所有者乙から賃借したのであり、丙に対する執行力の拡張を否定して丙を保護しなければならない事情がないからである。

4  本件は右設例(二)の場合に該当する。

三、結論

よつて、原決定の取消を求める本件抗告は理由があるから、民事訴訟法第四一四条、第三八六条を適用して、主文のとおり決定する。

(小西勝 舘野明 鳥越健治)

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